親の顔色なんか無視できるようになれたらいいな

今週のお題「おとなになったら」

 

簡単に自己紹介から。事務系の国家公務員と地方公務員として計10年働くも、その間、適応障害うつ病で休職と復職を繰り返し、もがきあがいた結果退職することに。大手人材紹介会社に転職するも3日でギブアップし退職。現在は造園業で働いている30代の妻子持ちです。このブログでは、仕事をする中で働くとは何か、人生とは何かなど私自身がこれまで悩みもがき苦しんできた経験を基に、私と同じように仕事に悩む公務員の皆様に寄り添える情報を発信しています。公務員に限らずどんな方でも自由にコメントくださいね!

 

さて、「おとなになったら」についてですが、おとなとは「親の意向とは別に自分で決断できる人」だと考えています。そして、私も今、それを目指して訓練をしている途中です。その意味で、私は30代ではありますが、親の考えや意向に影響を受けている時点でまだ子どもだと思っています。

 

「お父さんお母さんは○○だと言っているけど、おれは××だと思うからそうすることにするよ」たとえ、その選択が親を悲しませるものであったとしても、親から勘当されたとしても、自分で決断すべき自分のことだとしたら、それを貫けたとき、はじめておとなになったと言える気がします。

 

これまで進路の決断、就職先を決めるとき、結婚するときなど人生の大きなイベントであればあるほど、親の顔色を窺って生きてきました。AとBという選択肢があったら、より親が喜んでくれる選択肢を選んでいました。当然、子どもだったら親を喜ばせたい、親に応援してもらいたいと思うのは自然なことだと思います。

 

しかし、自分の人生の大きなイベントだったら、自分の意思で決めないと本当の意味でおとなになったとはいえないと思うのです。

 

その訓練として、先日車を買い替えましたが、親に相談せず自分たちで決めました。今までだったら、事前に親に相談し、色々と意見を聞いて、親に反対されたらその車は選択肢から除外していました。

 

「親に相談せずに大きな買い物ができた」自分で働いて得たお金で買うので別に普通のことなんですが、精神的に自立していないと自分の考えに自信が持てず親の意見を重視してしまうんです。

 

これでおとなの階段を一歩上りました。でもこれってまだ子どもの範疇で、親に内緒で車を買ったのは、やはりまだ親の意向の影響を受けるのが怖いっていう証拠で、本当の意味でおとなになるためには、親には相談した上で、自分たちは気に入っているけど、親は気乗りしていない(車だけに)車に乗って初めて胸を張っておとなになったと言える気がします。

 

車を買った話を別の視点で書いた記事はコチラ↓

nihuteria.hatenablog.com